ゴミのような気持ちです

本当に最近は新型コロナウイルスのせいで毎日ゴミのような気持ちで生きている次第であります。

 

今、日本の方針として、新型コロナウイルスに対してどのような接し方(生活様式)が求められているのでしょうか?

 

それは、新型コロナウイルスと共存していく生活(所謂「with コロナ」)だと思います(だからこそ某キャンペーンも前倒しにされたのだと思います)。

 

そもそも緊急事態宣言はなぜ出されたかというと、「感染のピークを抑えるため」でした。新型コロナウイルスに感染した人のうち「入院治療が必要な人数が医療機関のキャパシティを越えないよう」にあの日々を我々は過ごしてきたわけです。

 

まず、ここをきちんと理解していただきたい。決して、パンデミックを終焉させるためではない、ということです(もちろん、延長にパンデミックの終焉という目的があったとは思いますが、治療薬がなくて感染力の強い感染症によるパンデミックをそう簡単に終わらせることができるとは私は思いません)。

 

さて、上記の観点に立つと、マスコミはただ「感染者数」という少しばかりずれた数字に注目して毎日毎日報道を繰り返しております。

 

本来医療のキャパシティについて分析するには「空き病床数」や「入院治療を要する者」といった数字に着目すれば良いものを、なぜか「感染者数」に真っ先に注目しておられます。なぜでしょうか?ぜひどういう意図であの報道をしているのかご教示願いたいものです。

 

(まあ、感染者数の中身の細かい数字を追うのが大変なんでしょうね、マスコミの方々はお忙しいようなので。)

 

話が逸れました。つまり我々が今気にしなければならないのは「入院治療が必要になったとき、治療を受けられる医療機関が存在しているか」であって、「今の感染者数を見て外出を自粛するかどうか」ではないと思います。

 

だって、毎日のように満員電車に乗って仕事に行かなければならない日常に戻っているのですから。私自身既に感染していても不思議ではありません。

 

(だからこそ「休日は自粛しろ」という方々もおられるかもしれませんが、普通にそんな奴隷のような生活は私は嫌です。仕事のためだけに生きるのが美しい時代ではありません。)

 

また政府が「緊急事態宣言を出す状態にない」と言っている以上、まだ医療機関のキャパシティは大丈夫だということなのではないでしょうか。

 

であれば、経済は弱り、ストレスは溜まる自粛生活より、上手くコロナと付き合っていく(with コロナ)の生活の方が良くないですか?必要以上に新型コロナウイルスを怖がっててどうするんですか?

 

某キャンペーンも、前倒しにして大々的にやってくれたというのに、批判批判の嵐で萎えました。せっかく政府が感染拡大の責任を背負おうとしてくれてるのに、なぜ国民である我々が自由を自ら制限していこうとするのですか?(同じことは、緊急事態宣言下に「私権の制限を行え」という声にも思いましたが……。)

 

自分で責任を取りたがらないのか、何も考えずに生きているのかわかりませんが、どマゾの国民が多くて、うんざりしますね。

 

国の方針に従わない自由はあると思いますが、周りの国民を巻き込まないで欲しいものです。

 

本当に生き辛い世の中だとつくづく思います。変わって欲しいなあ、世間。。。

 

言いたいことが多すぎて滅茶苦茶な文章でどうもすみません。それでは。